熊井恭子展「草莽の風」によせて
北川フラム[アートディレクター]

繊維は空気を孕んで息づく。私たちの肺、魚だった頃の
空気袋の記憶を裡に含んで、その膨らみは生命の響きと
伝えてくれる。空気を包むには皮膜がふさわしい。やが
てそれは植物繊維にとってかわられるが、いずれにせよ
有機物質がもつ人との相性のよさは相変わらずだった。
そんな人と繊維の永いあいだの密月に熊井恭子さんは衝
撃的な一針を打ち込んで登場した。キラキラと局所で光
る金属繊維が空気を包んでやさしく美しく光ることがで
きるのだろうか?という危惧を見事に吹き飛ばして、氏
の作品は現代の皮膜として大きく豊かに存在した。
床から立ち上がるステンレススティールの繊維は、やが
て継ぎ目のない一枚布となって壁にかかり、ついに繊維
は球の構造でありながら皮膜であるという、1994年
の恵比寿ガーデンプレイスロビーにある大作品に結晶す
る。その何の飾りもない金属片の球体の構成は、10年
以上たった今でも空間に息づき、その格の凄さを見せつ
けてくれている。             
熊井さんを知ったのは30年以上も前のことだ。豊後の
女性だと思っていたら、或る日「私は長岡に居るの」と
おっしゃる。あの縄文の火焔土器の故地である。
その連想で言えば、日本近世絵画史の碩学、辻維雄氏が
日本美術史を書かれ、そのなかで日本美術の特徴を3つ
あげられておられる。「アミニズム、遊び、部分へのこ
だわり」。これは今までの日本美術で言われてきた、わ
び、さび、幽玄とはまるっきり違っている。それは火焔
土器そのものではないか。そしてその特徴は熊井恭子そ
の人の作品がもつ特徴だった。 
氏が意識してはずしてきたもの。情緒、もののあはれ、
~らしさ等。本居宣長以来、小林秀雄にいきつくまでの
小説らしさ、情感、もののあはれは、ここではっきりと
絢爛豪華な装飾古墳、奈良六大寺の諸像とつながり、更
に漱石のもつさっぱりとした構造を享けついでいるよう
に思われる。
日本文化のもつ素材の強さ、そこにかかわる硬質な意志。
美術に新しい伝統が蘇っている。 (新潟日報文化面 掲載)


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