墨の「知的悪戯」と「感覚遊戯」
新部霞汀展によせて
丹羽芝水(日本刻字協会理事)

昔から 墨に五彩有りと言われている。これは墨の「黒」
にすべての色彩を超えた色や思想を見ることができ、喜
怒哀楽の黒、晴雨曇天の黒、春夏秋冬の黒、朝昼夕夜の
黒がすべてそれぞれに異なる色を持ち、磨墨する人の心
の中さえも表す墨美の不思議を言い表している。
今次、仮名書をライフワークに歩んできた新部霞汀女史
は書作のはざま、ふと休めた筆の墨の滴りが予期せず作
った墨の美しさに魅入ってしまった。この五彩有る「墨
美」の誘惑へひきこまれた結果、文字表現を意図的に踏
みはずした「知的悪戯」「感覚遊戯」の作品群が今回展
となっている。
「墨つれづれ」とは水が運んだ墨が持つ不思議な色、潤
渇、繊細かつ大胆な筆の運びが女史の心の閃きと重なっ
て白と黒の無彩色世界が何百色もの有彩色世界となって
展開される舞台と理解したい。作品を人様に見ていただ
くことは勇気のいることだが女史はその時々の思いを自
分だけの表現として通俗的な「読めない・判らない」書
展とは完全に決別した世界を楽しんでいる。いわゆる書
道展とは一線を画したアイデアと工夫によって誰にも鑑
賞を楽しんでもらうことのできる作品展とした。この会
場に足を運んでくださる鑑賞者自身が、果たして何色の
「黒」を発見することができるか?審美眼や自己心理テ
ストの場ともなるであろう。
個々の作に目を向ければ、何年もの時代を生きてきた古
き障子紙から時間を抽出しつつ新しい色と形を生みだし
た作。黒と白とが織りなす世界に刺激的な女の紅を見せ
るつける作。「黒」の中に「玄」を見せる作など会場に
次々と展開される筆墨紙硯の渾然一体たる作品舞台は観
客の貴方を「墨」の小宇宙へと誘ってくれるに違いない。
(新潟日報「あーとぴっくす」掲載) 

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