熊井恭子の仕事 ─ 熊井恭子個展によせて
黒田亮子(くろだ・りょうこ)
[前 群馬県立館林美術館館長・美術評論家]

 『叢生』

熊井恭子のテーマは、光や大気の表現に集中している。
子供の頃に見た、稲穂を分けて一陣の風が吹き抜けてい
く様と、そのときの自然の息吹にふれた感動が、表現者
としての彼女の原風景になったという。それは、空間に
風の息吹を呼び覚ます緊張感に富んだ布を目ざす熊井の
果敢な挑戦の始まりでもあった。以来、自在な布表現を
目指して縫い技法による表現を試み、ステンレス・スチ
ール線による縫い目のない巨大な不定形の布の創生へと
繋がっていく。
かつて太古の人々がそうであったように、彼女の身内か
らわき上がる感動が体中を駆け抜けて、手を通して直接
に金属線に伝えられるようになった時、彼女の表現の語
彙は飛躍的に豊かになった。こうして風が、霧が、雨が、
雪が、炎が、思いもかけないほど大胆に、そして繊細に、
衝撃的な姿で私たちの前に立ち現れることとなった。高
度な最先端技術が生み出した工業用のステンレス・ステ
ィールの細く強靱で無機的な線が、私たちの生命の根源
ともいえる大自然に変わり得ると誰が思ったことだろう。
熊井の作品の中には、未来へと前進を続ける人類の知性
と大自然の生命力を巧みに融合した、作者の怜悧なまな
ざしとしなやかな感性、強靱な造形意志が静かに息づい
ている。
今回は大地の息吹を宿した草原を想わせる「叢生」、着
色チタンを織ったタペストリー、小千谷縮の端裂による
ミニタペストリー等を発表するが、彼女ならではの清新
な造形美の世界を堪能させてくれることだろう。
(新潟日報「あーとぴっくす」掲載)

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